1880年、パリのセーヌ川で女性の遺体が引き上げられた。
この女性の身元を判定するためデスマスクが作られることになる。
それがこちらである。
「川から引き上げられたにしては綺麗すぎないか?」
と思うだろう。
デスマスクを作ったのはロレンジ一族という製造業社であった。
ロレンジ一族の一人は奇妙な発言をし、人々を恐怖のどん底に陥らせる。
「このデスマスクを作ったときには少女は生きていた」
気になるのは、幼い顔つきに見られるがなぜ「少女」と断定的な言い方をしたのか?
もし生きたままこのデスマスクを作ったとすれば相当残酷な仕業である。
生きたままの状態で少女の顔に石工の型にいれ、そのまま窒息させたのだろうか?
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なぜ身元がわからない?
この少女のデスマスクは芸術性が高いと評価され、数々の模様品が出来た。
これほど有名なデスマスクはない。
有名になって世間を騒がせているのに
誰一人としてこの少女の身元がわかる人間がいないのも非常にミステリーである。
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心肺蘇生法のダミー人形として使われることになる
デスマスクに芸術性が認められたことがきっかけとなり、心肺蘇生法のダミー人形として使われることになった。
ノルウエーのソフトプラスチック製の玩具を作っている
レールダル社が1960年に
「レサシ・アン」のダミー人形が発売した。
心肺蘇生法なのに元々亡くなっている少女の顔を使って
商品化するのはあまりに縁起が悪いと考えなかったのだろうか?
この顔は「史上もっともキスされた顔」と言われる
蘇生法の練習に何度も使われたのだ。
本当にセーヌ川で発見されたのか?
気になるのはロレンジ一族のひとりが発した
「このデスマスクを作ったときには少女は生きていた」
本当にこの少女は生きたままの状態で石工で顔を固められてしまったのか、
それとも本当に綺麗な状態でセーヌ川で発見されたのか?
真相は彼女の肉体とともに闇に葬られている。