14.34.25

1938年にコミックスで登場し始めたスーパーマン

コミックだけではなく、アニメや実写映画化もされ、

いまや世界中のヒーローとなっているスーパーマン

しかしこのスーパーマンの呪いがあることはあまり知られてはいない。

世界ミステリーのテーマは「スーパーマンの呪い」だ。

俳優達に悲劇が・・・

スーパーマンを演じたことがある俳優たちに悲劇が降り注がれ、
そしてこの作品の携わったスタッフたちに多くの悲劇が起き、
この作品で話題に挙げたものは悉く失敗や事件に発展したことから

「スーパーマンは呪われている」と言われ始めたのだ。

かつてスーパーマンを演じた俳優

ジョージ・リーヴス   1951年テレビシリーズ出演
クリストファー・リーヴ 1978年映画出演

二人にはスーパーマン役を演じた後に悲劇が起こった。

ジョージ・リーヴス は1939年に映画「風と共に去りぬ」で映画デビューを果たし、俳優活動を始めた。

1951年にスーパーマンのテレビシリーズの主演に抜擢されたのだ。

「適任は彼しかいない」と監督に推薦され、大抜擢を果たす。

当初の期待以上に人気となり話題性を振りまいたが次第に視聴率は下がって行き、終了。

主演を演じたジョージ・リーヴス はこれを機に他の作品への出演を果たすが、
「スーパーマンの印象が強すぎる」
「彼には普通の役は無理だ」と揶揄されるようになった。

1959年に自宅で射殺されているところを、その3日後に結婚する予定だった婚約者に発見され、
事件となったのだ。

自分で自らの命をたったのか、それとも他人の仕業なのか?現在でも真相は分かってはいない。

1978年に映画で主演を務めたクリストファー・リーヴは
1995年に乗馬中に落馬をしてしまい、脊椎を損傷する大けがを負ってしまった。

手術でを複数回したものの状態は良くならず、結果的にこれ以上俳優業を続けることはできないと判断され、
芸能界を引退。

他にも・・・

悲劇は主演を果たした二人の役者だけに留まらない。

スーパーマンを制作した、デイブとマックスの兄弟はスーパーマンが世に出た始めたときから財政難に陥り、結果的に会社を買収されてしまった。

買収されたときに金額は非常に少なかったために、またデイブとマックスが再び製作活動するほどの精神状態を保つことができず、厳しい貧困にさらされて生涯に幕を落とした。

スーパーマンの作品で大統領ジョンFケネディを登場させた次の月にケネディは暗殺されてしまった。

スーパーマンの敵役を演じたリチャードプライヤーはその3年後に重い病気が見つかり命を落とした。

他にも

映画『スーパーマンII』(1980年)と『スーパーマンIII』(1983年)の監督であるリチャード・レスターは、1989年の映画『新・三銃士/華麗なる勇者の冒険』の撮影中に起きたロイ・キニアの事故死に衝撃を受け、監督を廃業した。

映画『スーパーマン』(1978年)でスーパーマンの生物学上の父親であるジョー・エル役を演じたマーロン・ブランドは、後の人生で様々な個人的悲劇に遭遇している。

1978年の映画『スーパーマン』でスーパーマンの赤ん坊時代を演じたリー・クイグリーは、1991年3月に有機溶媒の吸入により14歳で亡くなった。

1980年代の映画『スーパーマン』4部作でスーパーマン役を演じたクリストファー・リーヴは、クロスカントリー競技中に落馬して首を骨折し、半身不随となった。2004年10月10日に、リーヴは健康状態に起因する心臓発作により亡くなった

スーパーマンの恋人ロイス・レーンとしてリーヴの相手役を務めたマーゴット・キダーは、激しい双極性障害に陥り、1996年4月に数日間失踪した後に、偏執症の発作を起こしている状態で警察に保護された

1987年の映画『スーパーマンIV 最強の敵』(1987年)で準主役を演じたマリエル・ヘミングウェイの姉マーゴは、祖父であるアーネスト・ヘミングウェイが自殺したのと同じ日付である1996年7月2日に死体で発見された。

マーゴは抗不安薬の過剰服用を行っており、その死は自殺であるとの説が有力。

原作者と作画家の呪い

原作者、作画家、出版社はそれぞれ別々であり、
当時のスーパーマンの売り上げの分配に対して、原作者と作画家は不満を持っていた。

利益の99%を搾取する出版社を相手取り訴訟を起こしたが、

結局、原作者・作画家の納得のいくものではなかった。

そして裁判を起こされた出版社はこの2人を解雇したことが、「呪い」の始まりではないか?と言われているのだ。

作品に込めた想い・作品に滴った汗。

これらがエネルギーとなり花が開花することもあれば、そのエネルギーはマイナスとなり負の力を働かせてしまうこともあるようだ。

世界はミステリーに満ちあふれている