今回は日本人のルーツについてお話ししていきたい。

というのも日本人は農耕民族だと思っている人は多いと思う。

田植えをして、種を蒔いて、それを収穫する。

このサイクルを繰り返しながら生活を営んでいる民族であると思っている人は多いのだが実は縄文人は海を渡る航海術に優れた海洋民族だったのではないか?と言われているのだ。

日本史を小学生、中学生、高校生のときに勉強する際に使用される教科書では「農」のイメージを謳っているが本当は違うのだ。

縄文人

縄文時代は1万5,000年前(紀元前131世紀頃)から約2,00年前まで続いた時代であり約1万2000年続いたものである。

土器が発明されたり、住居を持つなどして人間らしい生活をするようになった時代だと言えるだろう。

食生活は農業をやりながらほ乳類を狩猟する生活であった。

この時代にまさか、海洋技術を持っていたなんて誰も思わないだろう。

教科書にもそんなことは一切書いていない。

しかし世界では衝撃的なものが見つかったのだ。

それはバヌアツ共和国で見つかったのだ。


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バヌアツ共和国とは

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通称バヌアツは、南太平洋のシェパード諸島の火山島上に位置する共和制国家である。西にオーストラリア、北にソロモン諸島、東にフィジー、南にフランス海外領土のニューカレドニアがある。イギリス連邦加盟国。

人口はたったの24万人であり、およそ日本とは7000キロも離れている国である。

しかしその遥か彼方のバヌアツ共和国で縄文土器と全く同じの土器が見つかったのだ。

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このような土器が遠くの国で見つかったということはどのようなことを表しているのだろうか?

土器を見つけたのはフランスの考古学のチームである。

しかしこの発見はあまり日本では放送されていないのだ。一部の人間達に都合は悪いことはマスメディアは一切放送しないためにミステリーさは加速する。

しかもその土器がいつごろ作られたかというとまさに縄文時代最中であった。


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日本人は一体どこから来たのか?の紐解くことに繋がる

可能性としてあるのは2つだ。

  1. 縄文人が海洋技術を使ってバヌアツに行った
  2. バヌアツの民族が海洋技術を使って日本に来て、縄文文化を作り上げた

どちらなのかはまだはっきりとはわかっていない。

しかし間違いなく縄文人はただの狩猟・農耕民族なんかではないのだ。

農耕民族ではあり得ないほどの海洋技術があったことは間違いない。

この問題を考えることは日本人のルーツを考え、そして知ることでもあるのだ。

さらに縄文人の遺跡から見つかったのは中距離に生息する魚の骨であったために100kmくらいは海を渡る事が出来るほどの技術があったことも証明されている。

果たしてわたしたち日本人は一体どこから来たのか?そしてどのように発達して行ったのか?

本当のことはまだ解ってはいない