ヨルダン地域に紀元前2世紀頃に巨大な都市は存在していた。

建築技術も非常に優れたにも関わらず
突如14世紀に姿を消し現代に至るまでその存在は見知らぬものになってしまった。

この突如消滅してしまった都市をペトラという。

ペトラは長年、砂の中に有ったのだが突如姿を現したのだ。

砂まみれに成る前はしっかり文明を築いていた形跡があるために
「幻の都市」と現代では言われている。


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現在では世界遺産に

Ciudad-de-Petra

世界の文化遺産として1985年に認められた。

紀元前2世紀前に遊牧民で居場所を点々としていたアラブ系民族はこの場所で王国を建設したのだ。

数々の遺跡を残したのであるがこの遺跡になにが眠っていたのか?は解ってはいない。

かつては「王がそこで眠っている」と言われたがその証拠は残されていないために具体的な用途は解っていないのだ。

特徴的なのはコロシアムや円形の劇場などがありヨーロッパに近い建築が多く、

文明的にもそこにたくさんの人たちが住み、生活していることが解っているのだ。


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当時は砂漠ではなかった可能性

ペトラ

ペトラの都市にはなんと当時3万人以上が生活をしていた。

気になるのは当時の人々は一体なにを食べていたのか?ということである。

砂漠で草一本生えておらず、
水の少ない地域でかつ建築しにくい砂漠のど真ん中を拠点とするのは非常に効率が悪いだろう。

このような建築技術とヨーロッパに似た構造を持っているということははるか彼方から文明をもったアラブ系の種族がここに王国を開いていたというになる。

民族がわざわざ砂漠地域に建築をするのであろうか?

ここで初めてこの地域は砂漠ではなかったのではないか?という憶測が生まれたのだ。

ペトラは砂漠に埋もれてしまったためにその存在が忘れ去れてしまっていた都市。
かつては砂漠に埋もれておらず、砂漠すら無かった草原地帯ということも考えられるのだ。

エルカズネは高い文明力の証

3.32.07

高さが50メートル近くもあり、その存在感は強烈である。

106年にローマのトラヤヌス帝によって支配下に置かれてしまったのだが
これらの高い文明力を欲しかったために支配下に入れたと言われている。

このような高い建築技術は一体どこから生まれたのか?まだ詳しいことは解ってはいない。

ローマ軍の支配化になったことでヨーロッパに建築や文明の発展にもパトラ王朝にいたアラブ系の人々は大きく貢献したことは
簡単に想像出来る。

しかしなぜこんなところに都市を構築したのか、いまだに謎に包まれているのだ。

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